★★★★☆ 1993 オーストラリア、イタリア 監督: ロルフ・デ・ヒーア 出演:ニコラス・ホープ、クレア・ベニート、ラルフ・コッテリル、カーメル・ジョンソン、ナタリー・カラルド
※本記事はネタバレを前提とし、独自の解釈や仮説(時には誤解も)を多分に含むので、ご承知おきの上お読み下さい。
あらすじ
「外の空気は汚染され、部屋を出ると死ぬ」という母親の嘘を信じ、35年間不衛生な部屋に軟禁されていたバビー。身の回りの全てを母親が管理し、ただそれに従うだけの日々を送っていた。ある日、「父親」だと名乗る男が現れ、バビーの人生は動きだす。
感想・考察
およそ20年前の私がまだ若かりし頃、ムナクソ悪い系映画ばかりを鑑賞していた時期に出会った作品。なかなかの衝撃作のため記憶に残っていたが、U-NEXTで見つけたので改めて鑑賞した。
決して悪趣味な映画ではなく、思いきや哲学性が高く、育児中の私に新たな気づきを与えてくれた。
しかし、虐待、近親相姦、障害者、宗教、などの扱い難いテーマを盛り込みまくっており、鑑賞には注意と覚悟が必要な作品のため、あまり人にはオススメできない。
子供は周りの大人を映す鏡
主人公バビーの見た目は汚いハゲ中年。先天的な知的障害なのか、自宅監禁と虐待による後天的な原因なのか、あるいはその両方なのか分からないが、清潔感のない見た目と挙動不審のせいで、もしも身近に現れたら近寄りたくない奴である。
その中身は子ども。道徳を含めた教育を全く受けていないので、善悪の分別が付かない危うい存在。両親を殺してしまい外の世界に出ると、数々の酷い扱いを受ける一方、彼を受け入れてくれる人間もいる。かつてない経験と刺激を受け彼なりに学習と成長をしていく。
誰かに罵られたら、また別の誰かを罵る。
誰かに殴られれば、また別の誰かを殴る。
誰かに愛されれば、また別の誰かを愛する。
そんな様子を見ていると、育児はインプットが大切だなと思わされた。
バビーを監禁していた母は、彼にセックスの相手までさせる極めてタチの悪い毒親。しかしバビーは、そんな母親に似た容姿の女性(性格は異なる)に欲情して愛してしまう。この展開は、母親が子どもに与える絶大な影響を考えさせられる。その女性も両親から異なる種類の虐待を受けている。そんな2人が結ばれるセックスシーンは、このシーンだけを切り取るとキツイ絵面なのだが、過程を見ていると神聖な行いのように感じられる。
エンディングのバビーが子供と庭で楽しそうに遊ぶ姿からは、彼が受けていた虐待の連鎖は無いように見えた。この家族の幸福を祈らずにはいられない。

宗教戦争の解説シーン
劇中終盤にバビーのバンド仲間が、人類の宗教戦争の歴史を教えて、人を殺してはいけないと説く。この作品内で最も異質な雰囲気のシーンだ。バビーは親殺しの犯人は自分であることを自供するが、バンド仲間は秘密にするように促す。
ここでバビーは「嘘と秘密」を覚えた。これは彼が子供から大人になるための通過儀礼だと思う。つまり純真な心を持つ子供では無くなったのだ。何故このようなシーンが必要かと言えば、この後に彼は父親になるからだろう。子供が子供を育てることは出来ない。
バンド仲間は人類史や道徳など立派な講釈を述べながらも、「俺たち売れそうだから、殺人は秘密にしておこう」とバビーに説く。これは非常に現実的かつ打算的な考えで、これを承知したバビーは、やはり純真では無くなったのだと思う。
他にも宗教についての暗喩を思わせるシーンもあったが、キリスト教文化にない私が理解や考察をするには、もっと知見が必要だと感じた。年齢を重ねてから再鑑賞すると、また新たな”気付き”があるかもしれない。


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