★★★★★ 1995 アメリカ・日本・ドイツ 監督:ウェイン・ワン 出演:ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート、ハロルド・ペリノー・ジュニア、フォレスト・ウィテカー、ストッカード・チャニング
あらすじ
ブルックリンで小さな煙草屋を営み、14年間毎朝同じ時刻に店の前で写真を撮り続けるオーギー。そしてその店の常連でスランプ中の作家・ポール。ポールとふとしたきっかけで出会った黒人の少年ラシード。3人の男たちをめぐる、様々なエピソードを綴る。
感想
UーNEXTの”オススメ”に表示され、なんとなく予備知識も無いまま観始めたら、すっかりハマった。
このような作品を心から楽しめる中年オヤジになれた自分を誇らしく思えた。U -NEXTさん、ありがとう。
この作品は『伏線回収』や『どんでん返し』はない。登場人物の周辺に不穏さ漂うが、大きな事件は起きそうで起きない。ストーリー重視で映画を楽しむ人には退屈に感じるだろう。
本作は殆どのシーンを登場人物らの会話で構成されている。それらのセリフや芝居から伺える心の機微を感じとる事が、この作品の楽しみ方だと思う。
タバコの煙が辛い記憶や現実を優しく覆い隠す
タイトルの”スモーク”とは”タバコ”の事。劇中どのシーンでも登場人物達がタバコを吸っている。これが実に美味そうに吸う。嫌煙家の私でさえも、そう思えるほどだ。
話の舞台もニューヨークの街角にあるタバコ屋で、そこの店主らの人情劇が描かれる。登場人物達は一様に何かしらの事情を抱えながら生きており、彼らにとってタバコは、心の安定のために必要不可欠なモノだ。
そんな訳アリな人物達が辛い過去を語る時、そこには必ずタバコがあり、煙が彼らを優しく包んでいるように見える。
- ポールが生前の妻の写真を見つけたシーン
- ルビーが娘のために助けを乞うシーン
- サイラスが左手を失った理由を語るシーン
- フェリシティが中絶したことを明かすシーン
しかし、主要人物である黒人少年のトーマス(ラシード)は、そのような重要シーンでタバコを吸わない。上に挙げた者たちは問題に対して何かしらの区切りを付けたが、トーマスの問題はまだ現在進行形であり解決できる余地がある。中盤に野球中継を見ながらポールとタバコをふかしているが、父サイラスに身の上を告げた後はタバコを吸ってない。これは彼がタバコに依存する事のない未来へ向かっている暗示であると願いたい。
そして、主人公オギーにも過去を語るシーンがあるが、彼もそこではタバコを吸わない。
クリスマスの話は嘘か本当か?
上述の通り本作は苦悩を抱えた者達の人情劇だが、苦悩の原因となった過去の出来事について回想シーンは無く、登場人物の主観で語っている。そのため、それが本当か嘘かハッキリと分からない余地を残している。
- フェリシアは本当にオギーの娘か?(金を無心するために嘘を吐いた)
- フェリシアは本当に中絶したのか?(さっさと追い出したくて嘘を吐いた)
- トーマスの持っている大金は、本当に偶然拾ったものか?(彼は嘘が上手い)
- サイラスが蒸発した理由は?(真実を告げたトーマスへの反応を見ると、サイラスの話が疑わしい)
それが最も象徴的なのは、主人公オギーが終盤でポールに語るクリスマスのエピソードだ。
彼はどんな時でも常にタバコを吸っている。ところがこの時だけは全くタバコを口にしない。彼がエピソードを語っている最中、どんどん口元へカメラがアップするので、それを強調しているように思える。
話し終えたオギーがタバコを吸い始めるとモノクロ画面に切り変わり、先ほど話した内容と全く同じストーリーが流れて映画は終わる。
あくまで私の勝手な考察だが、これは相反する2種類の解釈が可能だ。
- 話は真実
- 老婆との束の間の触れ合いは特別な思い入れが有った。
- 後のライフワークへ繋がる重要な出来事であった。
- カメラを盗んだ事へ自責の念も持ち、ポールへ話すことは懺悔の意味もあった。
- だから、タバコの力を頼らずに語る必要があった。
- モノクロシーンの内容は真実で、本作唯一の回想シーン。
- モノクロは煙のメタファーで、やはり彼にとっても苦い記憶。
- 話は嘘(虚実を交えた創作)
- ポールを信じ込ませようと集中して喋っていたので、タバコを吸わなかった。
- モノクロシーンの内容はフィクションで、後にポールが書き上げた作品の映像化(つまり劇中劇)。
嘘だと疑うポールと、否定するオギー。二人の最後の会話は余地と余韻を残して終わる。このやりとりが渋くてかっこいい。いつか私も、こういう会話をしてみたいものだ。
最後のモノクロシーンへの切り替わり、それまでも画面中にタバコの煙で覆われていたせいか、とてもシームレスに感じた。ここで流れるトム・ウェイツの歌も、なんだか煙たくて良い。
実年齢2歳差の親子
予備知識ゼロで見ていたら、思いもよらずフォレスト・ウィテカーが登場して驚いた。
30年前の作品で高校生くらいの息子が居る役を演じている。そんな年齢だったか?と思い調べたら、さらに驚いた。
少年役の俳優ハロルド・ペリノー・ジュニアは、ウィテカーの2歳年下で、公開当時は30歳を過ぎている。
「いや、どっちもおかしいだろ!」と思うが、劇中ではちゃんと親子に見えるのが凄い。

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