★★★☆☆ 1972 アメリカ 監督:ジョージ・ロイ・ヒル 出演:マイケル・サックス 原作:カート・ヴォネガット・ジュニア
あらすじ
過去や未来に行き来できるビリー・ピルグリム。人生のさまざまな場面を彷徨い続けるビリーにとって、無視したいほど不幸な時間は、ドイツ軍の捕虜として第5屠畜場(スローターハウス5)に収容されたドレスデンで、味方の連合軍による無差別爆撃に遭ったことだった。
感想
名作「スティング」のジョージ・ロイ・ヒル監督作なので気になって鑑賞。
そんなに面白くないのだが、SF映画でありながら戦争伝記映画でもあり、しばしばユーモアも入れてくる風変わりな作品で、記憶に残る映画だった。
タイムリープするが、やり直し系のストーリーではない
主人公は晩年、宇宙人に拐われたことによって特殊能力を得る。
- 自分の人生に起きる(起きた)出来事を全て把握している。
- 当然、自分が死ぬ日時と原因も把握している。
- 過去や未来、あらゆる年代に意識が移動する(タイムリープする)。
- 移動先やタイミングは、自分の意思と関係なくランダムに飛ばされる。
なかなかユニークな設定だが、主人公はその能力を使って運命を変える事はしない。自分の運命を受け入れてのことか、抗っても無意味なことを悟ってのことか、主人公は既知の運命を追体験するだけだ。
そもそも、主人公は本当にタイプリープ能力を有しているかも疑わしい。
そのため、タイムリープによる”歴史改変・やり直し”という展開を期待すると、肩透かしを喰らう。
2軸の時系列
映画のストーリーは、大きく2つの時間軸に分かれて進行する。
- 第二次世界大戦中、捕虜になってから解放されるまでの体験 ※短期間(数ヶ月)の話
- 終戦後、結婚して家庭を築き、晩年に至るまでの体験 ※長期間(数十年)の話
1軸の戦争パートが主たる軸になり、その合間に2軸の各イベント・シーンが挟まれる。2軸が交錯するが、基本的には各軸内の時間列通りに話は進行するため、時系列を把握する事は難しくはない。
ただし、映画内は主人公の意識目線ではなく、時間の流れ通りに話が進むので、”ランダムな年代へ意識が飛ぶ”と言うタイムリープ能力の設定は、全く効いていない。時系列バラバラ演出にするための言い訳にしているように思える。
- 意識がジャンプしきたようなシーンはあるが、話の展開には影響が無い。
- 主人公の意識は、タイプリープしてきた彼なのか、人生1巡目の彼なのか、判断できない。
- そのため、視聴者は回想シーンを交互に見ているに過ぎない。
この構成が、本当にタイムリープしているのか疑わしく感じる原因の1つであり、SF映画として物足りないポイントだ。
捕虜生活よりも結婚生活の方が辛そう
1軸の戦時中シーンが多いため、戦争の悲惨さを伝える反戦映画とも捉えられるが、私は2軸の人生パートの方がメイン・ストーリのように感じた。
妻や子宝に恵まれ財を築いたが、決して幸福そうでは無い。妻や子供達を愛してはいるが関心は薄く、孤独を癒す相手は愛犬のみだ。戦争は終わり捕虜や兵役から解放されても”社会や家庭におけるに男性として役割”からは逃げる事は出来なかったのだ。そんな主人公の姿に、中年世代である私は哀愁と共感を覚える。
それにしても、主人公の家族(他者)への関心の薄さが、静かに際立つ。
- 幼児期の家庭環境(プールに投げ入れて溺れさせた父、過干渉そうな母)
- 戦争によって負ったPTSDと誤った治療法
- 特殊能力によって人生を俯瞰しているため感情が希薄
などの理由が原因とも考えられるが、彼の理想とする家庭像と満たされない現実との乖離が、態度に現れていると感じた。妻との間に出来た子供よりも、ポルノ女優との間に生まれた赤ちゃんの方が誕生を喜んでいる。
ポルノ女優との宇宙生活は囚われてはいるが、むしろ幸せそうだ。心の通じない妻を亡くし、子供達も一人前になり、社会的・道義的な責任から解放されたせいか、まるで人が変わったようにポジティブだ。定年後の自分もあのように成りたいと思った。
宇宙人の誘拐とタイムリープは現実なのか?
晩年の宇宙生活やタイムリープ能力は、主人公の妄想(願望)という解釈もできる。
同棲するポルノ女優は、息子が隠し持っていたエロ本と、ドライブインシアターで見た映画に登場している。いずれも主人公が中年時代の出来事なので、晩年の彼と時を過ごすには年代が合わない。
主人公の最期は戦時中の因縁が元で、大勢の観客の前で暗殺される。しかし、彼がなぜ宇宙から地球へ帰還したのか描かれず不明だ。ポルノ女優と赤子との生活を放棄するとは思えない。
- もっとエロくて性格も良い女と結婚したかった。
- 悲劇の指導者として格好良く死にたい。
子供じみているが男ならば誰もが思いつきそうな願望だ。戦時中の捕虜仲間に殺される事は、当時無力だった自分への罰と自己陶酔のように思えた。そのような願望と自戒が妄想へ進む。老化による認知能力の低下に伴い、現実と妄想と過去の記憶が混濁した結果、自分はタイムリープしていると主張しているのかもしれない。
晩年、ベッドに横たわる主人公の前にUFOのような光る物体が現れ、そのまま彼と愛犬を連れて行った。その光は以前にも登場する。結婚後に赤ん坊が生まれて間もなくの頃、庭で愛犬で遊んでいるシーンだ。
彼は空から近づく光をじっと見つめていたが、光は引き返して消えた。この光は現実逃避の象徴で、子供が生まれたプレッシャーから逃れたいと心の中で思っていたが、踏み止まった。そのようにも見える。
ただ受け入れるだけの主人公
この作品からは下記のようなメッセージ性も汲み取れる。
- 戦争のような大きな渦に飲み込まれたら、小さな個人の力では抗えない。
- 苦難や苦労も人生という大きなスケールにおいては、ただの通過点に過ぎない。
特殊能力によって人生の全てを把握した主人公は、このような心理に至ったのかもしれない。だからタイムリープした先でも、現状を受け入れて何も変えようとしない。飛行機の墜落を未然に防げなかった経験も大きいのかもしれない。
この考えは、ポジティブに捉えれば「達観している」と言えるが、ネガティブに捉えれば「能動的ではない己を正当化させるための慰め」とも言える。少なくとも本作の主人公は後者のように見えた。
原作小説
私なりの推論や解釈を述べたが、作品内の設定やテーマは原作小説を読めば分かるかもしれない。
気になって原作本の感想や紹介文を見てみると、かなり違う印象を受ける。
アメリカでは「反社会的作品」と評価されているようで、益々興味が湧いてきた。
折を見て読んで見ようと思う。

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