私は若い頃から「動物は絶対に飼わない」と心に決めている。理由は3つ。
- アレルギー
- ペット産業に否定的
- 祖父の影響
アレルギー
現実的な理由で、説明も不要だろう。
時々、ペットのいるお宅へお邪魔すると身体が痒くなって辛い。自分の家にアレルゲンを持ち込むなど、考えられない。
ペット産業に否定的
ペットショップの売れ残りや、飼育放棄された動物達の話を聞くと、心がとても痛む。
ゲージの中に閉じ込められた動物を見ると、どんなに可愛くても「可哀想」という気持ちが上回る。見た目優先の品種改良を重ねた結果、人間無しでは生きられない種族なった動物を思うと、いたたまれない気持ちになる。
時々、家族で動物園へ行く。子供と過ごす時間は楽しいが、動物達を鑑賞しても心から楽しむことは出来ない。動物は野生で生きる事が幸福で、最も美しい姿だと思う。
ただし、動物をパートナーや我が子のように可愛がる人達を否定はしない。
祖父の影響
心理的には一番の理由。私の祖父は様々な動物を飼っていた。興味本意で飼い始めるが、飽きると全く面倒を見なくなるタイプで、現代なら動物虐待と言われるだろう。
中型犬
私が物心ついた頃、祖父は庭に雑種の中型犬を飼っていた。ところが散歩をしている姿を1度も見たことがない。常に鎖へ繋がれていてストレスが溜まっているせいか、性格は獰猛だし、たまに脱走もしていた。幼い私にとって犬は可愛がるどころか、恐怖の対象だった。
その犬も私が中学生の頃に亡くなった。愛着はなかったが、死に際の苦しそうな鳴き声を聞くと辛かった。その数年後、「犬は毎日散歩させるもの」という常識を知ると、改めて可哀想に思えた。
鯉・金魚・熱帯魚
私が小学生の頃、祖父は魚の飼育に凝っていた。大きな水槽がいくつも置いてあり、鯉のために庭へ小さな池も作っていた。
ところがある日、池は埋め立てられ水槽も無くなっていた。そして私に「これを近所のドブ川に流してきて」と言い、魚の入ったバケツを渡してきた・・・。
フィリピン猿
私が生まれる前には、『フィリピン猿』を飼っていたようだ。
冷蔵庫ほどのオリに入れて室内で飼育していたが、夏場になると体臭がキツくて屋外の庭へオリを移動。しかし、日本の冬の寒さには耐えられず、死んでしまったそうだ・・・。
受け継がれるDNA
前述ようなエピソードを持つ祖父の遺伝なのか、父も姉も無責任な動物の飼い方をしていた。
姉は大学生になると、家族に無断で犬や猫を持ち込み飼い始めた。ところが飽きてしまうと、母に世話を任せきり。
父は晩年に飼っていた小型犬に、野放図に餌を与えていた。その結果、糖尿病・失明・内臓疾患が進み早死にさせた。
私にも、このような家族の血が流れていると思うと、恐ろしくて動物は飼えない。
娘がウサギを飼いたいと言うが「自分一人で全てのお世話が出来るまでは、絶対にダメだ」と言い聞かせている。


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